2013年04月

2013年04月29日

DVD
「ぼくたちのムッシュ・ラザール」
アカデミー賞では外国語映画賞にノミネートされ、母国カナダでは数々の映画賞を受賞した秀作。でも観終わって、この映画はそんなショーレースにのっかった派手な作品ではないことに驚く。誰かのかなしみを少しでも和らげてあげたいとき、その場限りや誰かから借りてきた言葉では決して癒しても和らげてもあげられないんだということに、気づかされる。生まれた国の問題や、心を巣食った病を伴うかなしみに比べたら、わたしなんかが感じるかなしみなんて、ちっぽけでとるにたらないものだと気づかされる。もちろん、かなしみなんて、計れるものではないことはわかっているけど、この映画に出てくる人々のかなしみの現実は、重くて、重すぎて、ときどき堪え難いものいなる。そして、ほんのすこし、心を開き、寄り添うことで、重すぎるかなしみは、すこおしだけ、とりのぞかれる。または、分かち合える。堪え難いかなしみに苦しんでいるひとと一緒に歩けるように、かなしさやさみしさと、向き合っていかなくてはならない。ラストシーンの小さなハグを観た瞬間、なんとも判断しかねる感情が溢れ出し、胸が、いっぱいになる。


「式の前日」穂積■マンガ。ネットで話題になってたなあ、とフリマで50円で売ってたので買ってみた。太陽の下、子供達を公園で遊ばせて、私はベンチで読んだ。こらえてもこらえても涙が溢れてきた。木漏れ日も人々の笑い声もあったかすぎて苦しくなった。帰宅して、最初の2話もう一度読んで、今度は思う存分泣いた。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹
■幼いころ、赤川次郎や新井素子を読んだのと近い感覚で、私は村上春樹を読む。 やっかいなことを、驚くべき頭のよい登場人物たちが、音楽のような言葉で、深く寄り添いながら解決していこうとする様が、心地よい。3回くらい読み返して しまう美しい一文が、ところどころにちりばめられてて、……ともかく心地よい。


「この世は二人組ではできあがらない」山崎ナオコーラ■


「鬼の詩/生きいそぎの記」藤本義一

「造花の蜜」連城三紀彦


「想像ラジオ」いとうせいこう

評判どおりの、とてもいい本だった。

正直なところ、私は、新聞を読んだってテレビを見たって、あの3.11をうまく整理できず、震災から何を学んだのか、何をすべきか、なんていうことを考えられずにいた。こんな年になって、ほんとうに恥ずかしい話。誰かが何かそれらしいことを言っていて、うなずくことはできても、自分の言葉では考えられていなかった。

この小説のなかに、「あなたは感受性だけ強くて、想像力が足りない人なのかな?」という台詞があるのだけど、まったくそのとおり。ひっぱたかれたかと思った。びーびーと泣くばかりで、そこで打ちのめされて終わってしまっていた。ボランティアにでかける友人や、復興支援を掲げる人や団体に対する気持ちが嫉妬だったりするくらい、ほんとうにちっちゃな人間なのだ、私は。

散文詩を読んでいるような、ほんとうにラジオが聴こえてくるような、流れるように読めた一冊だった。3.11の物語ではあるけれど、観点は生者と死者の話である。大切な人を亡くしたとき、耳を澄ませなければならない声や想いや願いを綴っている。

毎日をどんなふうに過ごしていったらいいのか、大切なひととどんなふうに接したらいいのかを考えさせられると同時に、きちんと受け入れられていなかった3.11に対して向き合える答えが、ここにあったように思う。優しく、易しく、語りかけてくれる、心強い小説だった。



DVD
「男性の好きなスポーツ」ナイロン100℃(2004年上演)
 3時間あったので、悔しいけど3回に分けて観た。ホントに、痛む。ヒリヒリとみぞおちのあ たりが痛む。昨年末観た「わが闇」もそうだったけど、ナイロンは、ラストで泣き笑いさせつつ、心のひだをチクチクと、せめてくる。笑いとエロだけの舞台か と思ったら、ちがった。どんどん、もっと深いところへ物語は進んでいく。小説のページをめくるように舞台がめくられていく。
 狂気とエロスに完全にとらわれた人間は、 もう救いようがない。異常なことが正常だから、正常になっていくと異常になる。
 そんなどん底まで落ちてしまった人生を、狂ってる、と思いながらも少し愛おしい、と思うくらいの人間じゃないと、こういう舞台は観られないのかもしれない。正常な状態では、最後まで観られないのかもしれない。
 でも、すごくおもしろかった。

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